2008年4月1日火曜日

手紙、エディタへ

数日前、絵文字について記事を読んで致しまして、とても勉強になりました.「絵文字は国の文化の破滅」はよく伝わっていますけど、エディタさんのご意見は逆な視点でお考えになるのはどうでしょうか.若い人として、変に見られないでどうやって意見をほかの友達に伝えられるかとても難しいかもしれません.日本のような人がイメージを大事にしてる社会の中で、年上の人ばかりでなく、若者もどうやって社会をはみ出さないか考えなければなりません.でも、若者の「社会」はほかの若者からなっているから、そこが大違いでしょうか.若者にとって、敬語は年上と話すためだから、別の伝え方が必要です.それが絵文字です.絵文字の使いをもとにして、年上や敬語のない若者だけの社会で自由に気持ちを伝えられます.こうやって、若者が若さを大切にできる.それより、実際的なことですけど、形態を使って、メールを出すときに、普通の絵文字早い.どうかこの立場で考え直していただけないんでしょうか.その考えを楽しみにしています.

そして、絵文字について:
上の書いた段落は俺の本当の意見に似ている.日本だけじゃなくて、すべての社会では、年をとった人と若い人に分けていると思う.その分けるための壁が絵文字からなっている.何で使うか必要がわかってるけど、また違ってる日本語を習うのはちょっと...でも、いい点がある.例の絵文字が使われているメールを見たら、具体的なメッセージがわからないが、メール全体から意味がなんとなくわかる.例えば、一番目のメール(もちについて)なら、ただ「もち」と「靴」を見ると、何がしたいかもうわかった.こうやって、絵文字は便利なところがある.

1 件のコメント:

yukki さんのコメント...

若者だけの社会の中で敬う気持ちを表す記号(きごう、symbol)としての絵文字ですか。面白い考え方ですね!いつの時代も、あるグループだけにわかることばというのはあるから(「スラング」と呼ばれているものですね)、絵文字もその1つでしょうか。

でも、もし絵文字が若者と年をとった人の間に壁を作っているのなら、ちょっと悲しいと思います。だって、同じ社会で生きている人間同士、やっぱり話し合っていかなければならないと思いますから。

それから、最後の文を読んで、裸さまにとっての絵文字は、私にとっての中国語の「漢字」と同じだと思いました。私は中国語は全然わかりませんが、新聞とかで漢字を見ると、少しだけわかるような気がします。